今回は「予備知識無しでもよく分かる経済解説」シリーズをお送りします。
資金流出の伝染
1998年のロシアのデフォルトは、世界中をパニックに陥れました。
世界中の投資家達は、「他の国もデフォルトするかもしれない!デフォルトする前に、投資資金を引き出さないと!」と考えました。
そして、新興国から資金が逃げ始めました。
まっさきにターゲットになったのはブラジルとアルゼンチンでした。
「ロシアの次にデフォルトする!」と心配されたブラジルやアルゼンチンの国債を持っていた投資家が、これらの国債を売却し、手に入れたブラジルやアルゼンチンの現金を、「世界で最も安全」と考えられていたアメリカドルへ交換したのです。
当時、ブラジルの通貨であるブラジルレアルと、アルゼンチンの通貨であるアルゼンチンペソは、「1ドル=1レアル」、「1ドル=1ペソ」という交換比率で固定されていました(これを「固定相場制」といいます)。
そのため、投資家が1レアルや1ペソを差し出せば、ブラジルやアルゼンチンは代わりに1ドルと交換する必要がありました。
そして、ロシアのデフォルトでパニック状態になった投資家が、「レアルやペソをドルと交換してくれ!!」と殺到したのです。
ブラジルやアルゼンチンは、手持ちのドルを支払うことで対応しなければなりませんでした。
みるみるうちに、ブラジルやアルゼンチンが持つドルはなくなっていきました。
ブラジルが固定相場制をギブアップ
先にギブアップしたのは、ブラジルでした。
ロシアがデフォルトを宣言した翌年の1999年1月、ブラジルは1レアルを1ドルを交換する固定相場制を続けることができなくなり、変動相場制へ移行しました。
変動相場制に移行した途端、ブラジルレアルは急落しました。
ブラジルはドル建ての借金を抱えていました。ブラジルレアルが急落することで、この借金の額がブラジルレアル建で計算すると一気に大きくなってしまいました。
これは「アジア通貨危機」で通貨価値が急落した時、ドルで借金をしていたタイなどのアジア諸国の借金が一気に大きくなったのと同じ現象です。
【解説】
通貨価値の下落の外貨建て債務への影響について
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ある国が自分の国の通貨でなく、外国の通貨で借金をしていた場合、自分の国の通貨価値が下落すると、外貨建ての借金の額が大きくなってしまう。そして借金返済の負担が突然大きくなってしまう。
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ブラジルはIMFに融資を受け、なんとかデフォルトせずに済みました。
ブラジルレアルが安くなったため、ブラジル製の製品の値段が、外国人から見ると割安になりました。そして、ブラジル製品の輸出は増えていきました。
【解説】
通貨下落の貿易への影響について
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ある国の通貨の価値が下落すると、その国の製品の値段が、外国人から見ると安くなる。そのため、製品の輸出が増える。
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アルゼンチンの悲劇
ブラジルは、通貨価値が落ちることで輸出が増加しました。
そのしわ寄せを食ってしまったのはアルゼンチンでした。
アルゼンチンが生産し輸出していた物は、ブラジルと良く似たものでした。
これまではブラジルとアルゼンチンで、同じ値段で輸出していました。
しかし、ブラジルレアルが安くなりブラジル製品の値段が下がったため、アルゼンチンの製品の値段が相対的に高くなってしまったのです。
このように、「通貨危機」は国から国へと伝染していくのです。
ある国が、自分の国の通貨を安くすることで輸出を伸ばし自分たちの身を守ろうとすると、今度は他の国の通貨が相対的に高くなって輸出が減少してしまうのです。
そのため、「通貨の切り下げは凶器である」といわれます。
このような、自国通貨を切り下げて自分の国だけを守ろうという行為は、1930年代の「世界恐慌」の時にも見られました。そして各国の自分だけを守ろうとする身勝手な行為は、第二次世界大戦の素地にもなっていったのです。
【解説】
通貨下落の他国への影響について
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ある国の通貨が安くなると、当然他の国の通貨の価値は相対的に高くなってしまう。同じ製品を輸出していた場合、通貨価値が安くなった国の輸出が伸びるかわりに、通貨価値が相対的に高くなってしまった国の輸出が減ってしまう。
そのため「通貨の切り下げは凶器である」といわれている。
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アルゼンチンのデフォルト
当然、アルゼンチンの輸出は減少しました。そして、アルゼンチンの経済情勢が危険になってきました。
アルゼンチン経済の先行きに不安を感じた投資家達は、アルゼンチンペソを手放し、ドルに変えようと殺到しました。
そして2002年1月、アルゼンチンも固定相場制を続けることができなくなり、変動相場制に移行しました。
アルゼンチンペソは急落しました。
アルゼンチンもドル建てでたくさんの借金を抱えていました。このドル建ての借金をアルゼンチンペソに換算した金額が、突然一気に大きくなってしまいました。
そして、アルゼンチンはデフォルトを宣言しました。
【解説】
通貨価値の下落の外貨建て債務への影響について
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ある国が自分の国の通貨でなく、外国の通貨で借金をしていた場合、自分の国の通貨価値が下落すると、外貨建ての借金の額が大きくなってしまう。そして借金返済の負担が突然大きくなってしまう。
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まとめ
「ニクソンショック」後のドルの切り下げ、「ポンド危機」でのポンドの急落、「アジア通貨危機」でのアジア諸国通貨の下落、そして「中南米危機」でのブラジルレアルやアルゼンチンペソの急落。
どれも全て、パターンは同じです。「固定相場制」のデメリットが顕在化してしまったのです。
ここで、固定相場制と変動相場制の比較をおさらいしましょう。
【解説】
「固定相場制」と「変動相場制」の違いについて
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「固定相場制」
・通貨の交換比率が固定されている
・貿易などの取引が安定する
・ある日突然、通貨交換比率が大きく変わる場合がある
「変動相場制」
・通貨の交換比率が固定されておらず、日々変動する
・貿易などの取引が安定しない
・通貨交換比率は毎日少しずつ変動し、急に大幅に変わるケースは少ない
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「ニクソンショック」後のドルの切り下げ、「ポンド危機」でのポンドの急落、「アジア通貨危機」でのアジア諸国通貨の下落、そして「中南米危機」でのブラジルレアルやアルゼンチンペソの急落の全てのケースは、上の【解説】の中の太文字で強調した部分が実現してしまったケースです。
「固定相場制」で為替レートが安定しているうちは良いのですが、各国の経済力のバランスが変わってしまった後も同じ為替レートを維持しようとすると、どうしても無理が生じてしまいます。
「変動相場制」であれば、そのような国の経済力の差は日々の為替レートが小動きすることで調整されます。
しかし、「固定相場制」では同じ為替レートを維持しようと無理をしたあげく、ある日突然急激に為替レートを変えたり、「変動相場制」に移行した日に急激に為替レートが動いてしまうことがあるのです。
急激に為替レートが動くと、日々の生活や企業の経済活動の前提が一気に変わってしまいます。輸出品・輸入品の値段や外貨建ての借金の金額が、突然大きく動いてしまうのです。物価がある日突然倍になったり、借金がある日突然倍になったりするのです。
このような経験から、固定相場制のリスクが大きいことが分かってきたため、今では変動相場制が主流となっています。
しかし、固定相場制に近い制度をとっている国があります。
「ユーロ」です。
経済情勢の異なる複数の国が、同じ「ユーロ」という通貨を使用しています。
「ユーロ」にも「固定相場制」と同じ危険性は内包されているのです。
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