外山滋比古「思考の整理学」


外山滋比古著「思考の整理学」は、自分の頭で思考するとはどういうことかを説明し、思考する方法を解説しています。一般的なノウハウ本とは趣が異なり、1本あたり6ページの短文33本からなる、エッセイ集の形式をとっています。

私が最も衝撃を受けたのはP122「時の試練」でした。
  
「“時の試練”とは、時間の持つ風化作用をくぐっているということである。風化作用は言いかえると、忘却にほかならない。古典は読者の忘却の層をくぐり抜けたときに生まれる。作者自らが古典を創り出すことはできない」P125

「忘却は古典の一里塚ということである。なるべく早く忘れるほうがいいと言っているのも、個人の頭の中で古典的で不動の考えを早くつくり上げるには、忘却が何より大切だからにほかならない。
思考の整理には忘却がもっとも有効だからである。自然にゆだねていては、人間一生の問題としてあまりにも時間を食い過ぎる。そうかといって、生木の家ばかりいくら作ってみても、それこそ時の風化に耐えられないことははっきりしている。
忘れ上手になって、どんどん忘れる。自然忘却の何倍ものテンポで忘れることができれば、歴史が30年、50年かかる古典化という整理を5年か10年でできるようになる。時間を強化して、忘れる。それが個人の頭の中に古典を作り上げる方法である。」P127

つまり、収集した情報や自分のアイデアをすべて暗記したり整理したりすることは、重要ではないのです。いったん忘れた後でもう一度振り返ると、大半の情報やアイデアは色褪せて見えます。忘却を経ても魅力を失っていない思考だけを抽出し育てることが、真の思考の整理である、というのが外山氏の主張です。

本書では、忘却と振り返りのサイクルを速めるための、

 「手帖 → ノート → メタノート」

という、外山氏が考案した仕組みが紹介されています。

まず、手帖を常に携帯し、興味深い情報や、思いついた着想をメモします。外山氏は1年間に1万項目メモした時期があったそうです。しばらく期間をおいて、忘れたころに手帖を読み返します。面白いと思ったメモは、内容を膨らませてノートに転記して、忘れてしまいます。しばらくして、ノートを読み返します。膨大なメモから厳選したノートであっても、生き残るアイデアはわずかです。ノートの中の面白いものだけを、さらに別のノートに、内容を膨らませて書きます。このノートをメタノートとよびます。

外山氏は20数年を経てメタノート22冊、ノート30冊を作りました。自由なテーマでの原稿執筆や、講演を頼まれたときは、メタノートとノートをパラパラめくって、どの内容を使うか決めるそうです。おそらく、どんなに急な依頼であっても素晴らしい原稿や講演を提供したことでしょう。

外山氏の知的生産プロセスは農業型といえます。土を耕し、種をまき、水と肥料をやり、雑草を取り除き、長い時間をかけて思考という作物を育てます。現在の作家には、効率性重視の工場のようなやり方で、大量に本を出版している人がいますが、農業型と工場型、どちらが時の試練に耐えうるかといえば、農業型のほうでしょう。


本書は1983年に出版され、40年ほどたったいまでも、全く色褪せたところがありません。本書自体が時の試練を越え古典化した本だといえます。この事実が、外山氏の主張の価値を裏付けています。

追記)外山滋比古氏は2020年7月30日に永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。外山氏が残してくれた知見・洞察に感謝いたします。

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